月影
拓真に支配されながら、彼を受け入れるということ。


それはジルとの離別を意味しているはずだった。


当然だけど拓真はセックスの最中にあたしの首を絞めるなんてことはないし、大切に大切に抱いてくれる。


なのにあたしは、馴染み過ぎた記憶を辿ってしまう。


痛みでしか生を感じ取れなかったあたしは今、拓真の腕の中でふわふわと定まらない場所に居る気がしていた。


泣けないということは、吐き出せないということでもある。


そしてまた、自分の中に吐き出せないものが溜まっていたことに気付き、苦しくなるのだ。


あたしは彼を、愛しきれていないということ。


違う香りも違うキスも、だから余計にジルを思い出すのだ。


シュウがこんなあたしを見たら、何と言うだろうか。






「あ、そういやこの前、聖夜に会った。」


「うそっ!」


「ホントだよ。
愛里と付き合ってるって言ったら、アイツも嬉しそうにしてくれたんだ。」


屈託なく笑う顔を見つめると、言葉が出なくなる。



「愛里にも会いたがってたよ。」


随分遠い昔の話をしているかのよう。


懐かしさと共に、戻れないあの日を想った。

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