月影
「何だ、名前覚えてたのか。」


「えぇ、そうでなきゃ出来ない仕事ですから。」


言葉だけを返すと、彼はそんなあたしをはっと鼻で笑う。



「犬に飼われてる人形風情が、一端に“仕事”ねぇ。」


ジルのことを言っているのだろう。


もう何も関係などないと言うのに、腹の立つ話だ。



「じゃあ、その“犬の飼い主様”があたしに会って、何をするつもりですか?」


どいつもこいつもせっかちだなぁ、と言いながら、彼は煙草を咥えた。


反射的に火を差し出すと、嶋さんはそれが当然のように煙を吐き出す。



「うちの犬とは仲良くやってるか?」


「プライベートな質問にはお答えできません。」


言った瞬間、あたしの眼孔数センチに突き立てられた、煙草。


目を見開くように生唾を飲み込むと、また彼ははっと笑う。



「つまんねぇこと言いやがって。」


恐ろしいことしやがって。


とは、さすがに返せず、あたしは辛うじて上擦った呼吸を整えた。



「ネーチャンの目潰したら、アイツどんな顔して怒るだろうなぁ?」


本気だろう。


遊び程度の考えで、この人は本気でするのだと思う。


未だ視界を支配する熱塊から、あたしは僅かに視線を逸らした。

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