しょうがい
僕は彼の口から発せられた言葉を理解するまでにかなりの時間を要した。そして理解してからも、彼の言っていることに対し信憑性を持つことが出来なかった。

「嘘だろう。事故にあったなんて。騙されないからな」

僕は強がりを言った。

彼の言うことが嘘でないことは、古くからの付き合いのおかげか、自然と読み取ることが出来た。そもそもこの北沢一志という男は、断じて嘘をつくような輩ではない。けれども僕は現実逃避の意味で、彼の発する言葉を真実として受け止めたくはなかった。

「バイク事故だそうだ。おばさんの乗っていたバイクに車が衝突して……。とにかく早く病院に行けよ。なぜお前に連絡が来てないんだ?」

「……」

僕の携帯電話の番号は家族に知らせていなかった。もちろん親が携帯を登録してくれたため、最初のうちは向こうも僕の連絡先を知っていた。しかし、1メートル9センチの隔たりが出来てから、僕は携帯電話を勝手に買い替え、番号も変えたのだ。それにより僕の携帯電話に家族からの連絡がくることはなくなった。

「おい、何黙ってるんだ。早く行けよ、なんなら俺が親父に頼んで送っていってやろうか」

彼は沈黙している僕を見てそう言った。

「……いや」僕は重い口を開けさらにつぶやいた。「行かない。僕が行っても何も変わらないだろう。遠くから無事を祈ることにするよ」
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