波の音がずっと聞こえてる
目覚めると男は、
もうしゃべってなかった。
眠っているあいだに、
触られたりもしてないみたいだった。
なんだか優しい表情で、
冷たいスポーツドリンクをくれた。

歩き始めてから
水分をとっていなかった。
身体に染みる。
ゆっくり飲む。
半分まで飲んで、
ボトルキャップを締める。
そして、わたしは言う。
行かなくちゃ。

わたしは赤い車の
助手席のドアを閉める。
男が助手席側の窓を開け、
こちらに身を乗り出し、
顔を見せる。

じゃあ、行くから。
いろいろありがとう。

男は、別れ際に言う。

「きみは空を飛べるの?」

わたしは黙ったまま、
男を見つめる。

「きみがまるで
空中を泳いでいるみたいだったから
気になって車を止めた」

それで?

「そしたらきみが転んだから
声をかけた」

そうだったんだ。

「きみは、空を飛べるの?」

わたしは答える。
あたりまえじゃん。

そしてわたしは赤い車に背を向け、
歩き始める。
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