君と、○○のない物語
一瞬、朔太郎は躊躇った。
これは自分の頭がおかしくなっているだけなんじゃないか?
だとしたら、着いていったら余計引き込まれるんではないだろうか。
…―でも。
空を泳ぐ魚、喋る猫、
もしこれが物語の世界だったら、大して意外性のないベタなファンタジーだろう。
けれどこれは物語とは違い実際の出来事で、何でか誰でも見えるものではなくて。
(…なんだろう、結構、わくわくしてる。)
目の前を走っている猫について走って行くと、次第に何かを叩き付けるような音が近づいて、大きく鮮明に聞こえるようになってきた。
きっとあれはボールをつく音だ。
「ほれ、あそこにいるだろう。」
猫が示した先は民家すら少ない地区の神社の隣にある空き地だった。
こっそりと覗いてみると、草がぼうぼうと生えた空き地の真ん中で、ドリブルを中止して膝に片手をつき息を整えている公鳥の姿がある。
ボールはバスケットのものだ。
公鳥の傍に転がっているそれは年期が入って磨り減っている。
長いこと使っているんだな、と朔太郎が感心していると、猫は空き地に跳び入ってしまった。
「夏樹。」
「…よお、また餌せがみに来た?」
猫はさっき朔が撫でようとしたときは拒否したくせに、公鳥が撫でてやると気持ち良さそうに喉を鳴らした。
「いや何、あのガキを見つけてな。連れてきてやったんだ。」
「…あ?」
猫は朔のほうを指し向いて、公鳥に棒立ちしている朔太郎の存在を気付かせた。