君と、○○のない物語
定期検査の時は連絡するとか、カウンセリングがどうとか、大事なことは頭に入
ってくるが、いまいち上の空で集中できなかった。

あの時、春海が『ごめん、俺のせいだ』というような事を言ったのは覚えている。

春海は全く悪くないというのに、そこまで罪悪感を与えてしまったのだろうか。

今回朔太郎が自分で首を切るなんて真似をしたのは、誰のせいでもなく自分の自業自得である。

勝手に苦しくなって勝手にやったのに、どうして春海が悪いのだ。

今すぐ言ってやりたい。が、春海はもう自分とは会いたくないだろうか。

それにしたって、
昔からあれほど波風立てずに生活してきた春海が行方不明なんて、あまりにも想像の範疇からかけ離れていた。

そもそも、元から春海は少なからず捜索されていた身だと思う。

彼は朔太郎と出会う前に家出してあの町に住み着いたという経歴を持っており、名前は勿論、性別も仮である。

本名は朔太郎も知らないが、家にいるときは男として、仕事に出るときは女装して徹底的に正体を晒さぬようにしていた。

それが趣味なのか予防線なのかは朔太郎にも図りかねる。

ともかく、そのような訳で見つかる可能性は低いような気がした。


「…あの、その祖母って何処に住んでいるんですか?」

「ああ、会ったことないか。苑生町って知らない?君が住んでた蓮見から見て南の方で、海寄りにある小さい田舎町なんだけど。」

祖母とは疎遠だったので馴染みはないが、聞いたことはある。

確か春海の出身地だ。

…これは偶然なのか、それとも春海が謀った事なのか?

「初めて会う人といきなり生活するのは大変だろうけど…苑生はいいところだよ。新しい友達もできるだろうし…あ、そういえば君が眠っている間に、苑生の中学校の制服着た女の子が病室出入りしてたんだけど知り合いじゃないのかな?」

「え?」

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