君と、○○のない物語
だが彼女がなんとしても逃げようとするので、朔太郎も必死に病室へ引き込んだ。
「待って!俺の事知ってるの?何で来てくれるの!?」
「あー…うー…。ちょっと気になった、だけで…」
「どうして?君と何処かで会ったことあるっけ?」
「えと…あの、手…。」
「手?」
しまった。
朔太郎は興奮するあまり、女の子の手をガッチリ握っていたのだ。
何をこんなに興奮しているのやら…恥ずかしくなってきた。
「…ごめ、んっ!」
「いえ、あの…大月朔太郎君。反応から見て、私の事知らないんだよね?」
「え、そう…だけど。」
「苑生にも、行った事ない?」
…さっきまで質問していたのは朔太郎の方なのに。
彼女の真剣な面持ちになんとなく圧されてしまった。
「…私は、茅原要。あなたが入院してきた時に…たまたまこの病院に来てて、あなたを見かけて…何となく、何となく気になって、たまに見に来てたの。」
「そう…なんだ?深い意味はないの?」
「ないっ!断じてないッ!!」
そんな否定のされ方は逆に怪しい。
朔太郎自身、この茅原という女の子、話せば話すほど初対面という気がせず、むしろ何処かで会った気がしてならない。
「…ごめんね邪魔して。またね。」
茅原は誤魔化すみたいに曖昧に笑い、後ろに下がる。
本当は引き留めたかった。けれど理由が朔にはなくて、どうしようかとしているうちに茅原はドアから消えてしまった。