君と、○○のない物語
とりあえず家の場所を祖母に電話して聞こうか、と思い、すぐ近くにあった公衆電話のボックスに入った。
『―…もしもし?』
「あ、の、大月朔太郎です…。」
『あらぁ、朔太郎。どうしたの、道にでも迷った?』
「ううん、まだ駅で…バスがね、次二時間後なんだ。歩いた方が早いかな。」
電話越しの祖母は優しく苦笑して、大まかな家までの道順を教えてくれた。
それをメモしながら、目印が少ない町だなあと改めて感心する。
今まで住んでいた町も大概特徴のないところだと思っていたが、真の田舎には叶わない。
駅の付近はまあまあ建物がたくさんあったのだが、踏み切りを渡ると一転して田んぼや畑ばかりになった。
途中までは右左折もなく真っ直ぐ行くだけだから分かりやすくていいのだが、初めて歩く道路としては歩道ないから結構怖かったりする。
―…初めて歩く道、だよな?
何故か既視感のある道と、初めてのような感覚が、同時にしていた。
しばらく歩いて見付けた中学校も、そこから先の通学路も、内心では知っている気がしてならないのだ。
そんな筈はないのだけれど。
それにしても、やけに静かだ。
車も通らないし人もいない、日中にしては無音過ぎる。
春海は確かこの町の事を、田舎だけど車はビュンビュン通るなどと言っていたような気がするのだが。
―…春海は家出者の癖に、故郷であるこの町の事をよく語っては懐かしそうな顔をしていた。
家出の理由はきちんと教えて貰えなかったが、恐らく家族とのトラブルだと思う。
家族の話には触れようとしなかったし、朔太郎がそれとなく聞いてみれば必ずはぐらかされた。
それ以外なら、苑生や友人の話は楽しそうにしていたし、時おり家出したことを後悔しているような様子さえ見せていた。
何でも親友に何も言わず家出してしまったので心配しているとか。
その人の名前教えてもらえばよかったな、と朔太郎は今更後悔した。