君と、○○のない物語
そうすればその人に会うことが出来たかも知れないし、春海の事を聞けたかもしれない。
よくよく考えてみれば、朔太郎は春海についてあまり知らないのだ。
家出の理由も家族の事も、本名でさえ教えてくれなかった。
そんな状態で一緒に暮らしていたなんて、冷静に考えてみればおかしな事であり、驚きな事である。
例えるなら路上でさ迷っていたホームレスを匿うようなもんだ。
そう言ってみると、むしろ危険な香りすらする。
垣根に囲まれた木造の古い家。
それが苑生の大月家だ。
「朔かい?大きくなったんだねぇ」
垣根の門をくぐると庭の草刈りをしている祖母が笑顔で出迎えてくれて、初めて会うから緊張していたが安心した。
どうやら朔太郎は覚えていないが、赤ん坊の頃には祖母と会った事があったようだ。
「空いている部屋があるから、そこ使ってね。遠慮しなくていんよぉ。」
「うん、ありがとう。」
家を案内してくれる祖母の姿は、どことなく生き生きとしてみえた。
この人は今まで家族と会うこともなく、ずっと一人で生活していたのだ。
少なからず憎まれていたっておかしくないだろうに、よほど寂しい思いをさせていたのだろうか。
「俺も手伝えることは何でもするから、何でも言ってね。」
ならばこれからは、この人を大切に、守っていこう。
春海ならばきっとそうする。
春海に学んだことだけは、忘れずに守っていきたい。