桃色ドクター
「昨日も話したと思いますが、僕は……この婚約をずっと疑問に思っていました。僕と由美子さんは、両家の親の進めるままに婚約まで辿りついた。でも、お互いに知らない部分が多すぎて、僕は結婚に不安を感じていたんです。由美子さんとの結婚を望んでいない僕がいて…… だから、彼女とは無関係なんです。彼女が現れなくても僕は結婚をお断りしていた」
テーブルの上で両手の指を絡ませ、時々指を動かす仕草。
診察中に見たことがある。
真剣な表情で、強い口調。
甘い仁ノ介が、今は甘くない。
「本当はもっと早くにお断りするべきでした。由美子さんは、僕を愛していると言ってくれましたが、それは、僕が婚約を断ってからのことです。去っていく者はすばらしく見えるものです。僕が離れるとわかったから、由美子さんは僕を必要とした。それまでの由美子さんから、僕はほとんど愛情をもらっていない。そうだよな、由美子」
仁ノ介の話し方は、政治家のようだった。
相手を納得させるのに十分な迫力。