[短編集]恋花
まさか。
あり得るはずがない。
だって今は、自分の足音さえ聞こえないほど、耳は洋楽に遮られているのだから。
足音よりも小さい
“女”
の声が、イヤホンを通して聞こえてくるなんて、そんな根拠のないことがあっていいのか。
「…ねえ…」
どこから囁かれているのか、検討もつかない。
誰も通らない道。
先の見えない真っ暗闇。
助けて、と叫べない。
「…さみしいの……」
早く家に帰ってしまいたいという気持ちとは裏腹に、
操られるかのように、体が前に進まなくなる。