[短編集]恋花
嘘だ、と思いたいのに、手首に食い込む爪の痛みで、現実だと思い知らされる。
『振り向いたら、女に殺されるからな』
昼間のダイキの言葉が、頭の隅に蘇る。
振り向くな。
「…こっちを向いて?顔を見せて?」
女の手を振り払って、そして一気に家まで走り逃げればいい。
既に自宅の玄関が見える位置まで来ているし、足には自信がある。
女の生き霊なんかに捕まってたまるか。
「ねえ、さみしいから、お願い……」
ひっく、と、しゃくりあげるような声が、洋楽と共にイヤホンの奥から聞こえる。