調べの記憶〜春宮秘話〜
主人は、彼よりもいくつか年上の小太りした男だった。すでに彼に気づいて、笑顔で手を振っている。
「しばらくだな、シャルム」
大声で名前を呼ばれた彼――シャルム・レスは、闇色の瞳を少し細くした。
「元気そうだなご主人。また太ったんじゃないか?」
「会った早々に小言とはな。そっちも相変わらずだね?」
旧友の皮肉に全く堪えた様子も無く、宿の主人は豪快に笑うとシャルムの肩をぽんと叩いた。
「しばらく姿が見えなかったから、どこかに腰を落ち着けたのかと思っていたよ」
からかうような言葉に、シャルムは曖昧な表情を浮かべた。
「――最後に来たのは、いつだっただろう」
静かな声は、先ほどよりも低く憂いを孕んでいた。
.