この胸いっぱいの愛を。



その時、胸に痛みを感じた。

風邪が原因じゃない。

針で刺されたような、鋭い痛み。

この痛み、前もどこかで………






「お、将が帰ってきたかな」


祐兄の呑気な声が、私の思考を遮る。

耳を澄ますと、玄関の鍵が開く音が聞こえた。


「下行くついでに出迎えてやるか」

祐兄はチロッと舌を出して、悪戯っぽく笑った。

それから私に背を向け、使い終えたタオルを持って階段を下る。




部屋で1人になった私は、目を瞑って小さく息を吐いた。


見慣れた部屋の風景。

それなのに、今はなんとなく1人でいるのが怖い。

いつもなら1人の方が落ち着くのに、今は誰かに傍にいてほしい。

風邪を引くと、決まってこんな気持ちになるのはなんでかな。






―――――――――少しすると、何も聞こえなくなった。

祐兄が階段を降りる音も、話し声も。


ドアが閉まってるから聞こえないだけで、祐兄と将兄は一階で話してるのかもしれない。

将兄じゃなくて別のお客さんが来たってことも有り得る。


急に不安になって、重い体を起こそうとした、その直後。




階段を凄い勢いで上ってくる足音が聞こえた。

祐兄が戻ってきたのかな?

それとも………









「桃香っ!!
 将が、か、かか、かの」


日本語が言えてない、なんてことより。




イヤな予感が、私の頭を過ぎった。




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