切なさに似て…
比較的見つけやすい、1番出口の自転車置き場の前で佇んでいると、電話を切って10分も経過していないというのに、麻矢の白い車が目の前で停まった。


「柚っ。乗って!」

麻矢は窓を全開に、大きな声を出したものだから数人の通行人がこちらを振り返る。


叫ばれた私は周りを見渡し、流れる行き交う人の群れに目を向け、そそくさと車へと乗り込んだ。

「柚の会社ってこっちだったよね?妹の私物はいつ取りに行くわけ?」

「帰り…、寄るつもり」

出来ることなら2度と行きたくはないし、避けたいくらいだ。


「じゃあさ、帰り迎えに行くわ。車に荷物乗せなよ」

麻矢の申し出に驚き、景色から視線を移す。


「いいよ、そこまでして貰わなくても…」

真っ直ぐ前を見る麻矢は首を横に振った。


「そういうの、日本人の悪い癖だって言うよね。巻き込んどいて柚はそういうこと言っちゃうわけ?それに、今日は旦那の帰り遅いから」

麻矢の唇の動きを追う私に、悪戯な笑みを見せた横顔は、あんたが嫌だって言っても迎えに行くから。そう断固たる態度が推察がつく。


会社の真ん前に着き、ドアを開け地面に向け足を下ろす。

「ありがと」

「んじゃ、8時頃また来るわ」

私から厄介なことを頼まれたっていうのに、麻矢は妙に嬉しそうな笑顔を残し、エンジン音を連れ去った。
< 293 / 388 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop