切なさに似て…
そんな至福の瞬間はあっという間に過ぎて行き、着てきたファージャケに袖を通す。


「荷物よーし!忘れ物よーしっ!」

と、自分の荷物を指差呼称をして、2人揃ってしーんとした廊下へと出る。


土曜日にはまとめて3日分の着替えを持ち帰り、また次の機会に3日分の着替えを抱えて訪れる。

土曜の夜だけ、私はここには決して来ないから。


「乗ってけよ、送ってやっから」

車のキーリングを指に入れジャラジャラと回す。

「はぁーい」

信浩の後ろをくっついて階段を駆け降りる。


外へ飛び出すと、冷たい空気が頬を刺す。

あまりの寒さに肩をすぼめ、背中を丸めた。


「うおっ。寒いって、春なんてまだまだじゃん」

声を張る信浩の背中も曲がっていた。

「柚果が寒いって喚く気持ちわかるわー」

そう言葉を繋げ、私より15㎝身長が高い信浩に見下ろされた。

いつも、その仕草がなんとなーく気に入らない。

15㎝しか違わないのにっ…。


「…アイドリングしてからな。まだ余裕だろ?」

そう言いながら、背広の内ポケットからタバコを取り出し口にくわえ、カチンッと金属音を響かせる。
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