切なさに似て…
「男の人が傘常備してるって珍しいよね?」

「そっかなあー?」

「わかった、A型でしょ? 几帳面だもんね、笹原くんって。気が利くし」

「ハハッ。そんなことないよ」


笑い声はすぐ目の前で、落ちた髪の隙間からは、多少濡れてはいるが綺麗なパンプスにスラッと伸びた細い足と、男の人の靴が覗く。

吸い寄せられるかのように、2人は自動扉の奥へ抜けていく。

座り込む私には気づくことなく、顔を上げれば振り返ることのない背中。


手は傘の柄を握り、薄っぺらい通勤鞄。

隣にいる女の人に目線を落とし、少しくたびれた背広に、揺れる肩。

射している光へと歩いていく男の人は間違いなく信浩で、明るめの髪色はいつ見てもスーツとは相性が悪い。

その姿が、たったの3週間くらいなのに、もうずっと目にしていなかったみたいに懐かしくて、視界が急激に滲み出す。


私が座る場所からマンションの入り口まで、歩数にしたらほんの10歩くらいだというのに、短い数秒の間。

一目見れただけで、十分。そう思ってしまった。

よかった、気づかれなくて。
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