切なさに似て…
ちょっとした口論はエスカレートすることなく、わだかまりを残すこともなく。


「お疲れ」

軽く缶とコップを合わせた。


暖かくなった部屋に、立ち込める湯気に包まれ、ほんわりと身体が温まる。

箸が進み、減り出した具。お鍋を突くのも中盤に差し掛かった頃。


食べることに集中していた信浩の口が開く。

「明日はこのダシでうどんか雑炊だな」

「そう思ってうどんも買って来たよ。鶏肉もまだあるし」

「さすがっ。良くわかってんな」

「そりゃあ、長い付き合いなもんですから」


『明日は』そう信浩のごく普通に発した言葉に、“明日には…”自分から突き付けた台詞が、一瞬脳裏を駆け巡った。


おもむろに立ち上がった信浩はテレビやデッキ、コンポを乗せたテレビ台の上にある、ガラクタ入れを「どこやったかなー」と、ガサガタと漁り始めた。


「あっ。あった、あった」

と、元の場所に座り直し、手に包んだ何かを私の前に置いた。


「持ってろよ。今日みたいに待つこともないだろ?」

顎をくいっと動かし、目配せする。

テーブルに置かれたのは、紛れもなくこの部屋のちゃちな鍵だった。


「で?」

と、何かを問いただすみたいに話を振ってきた。
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