平安物語=短編集=【完】
藤壺の屋敷に着くと、左大臣が急いでやって来たりと大慌てだったが、皆振り切って藤壺の部屋へと向かった。
「皇太后さまは、お休みになっていらっしゃいます!」
そう言う女房を無視して帳台を覗くと、身支度を整えようとする藤壺がいた。
「宮…。」
生きていた――
「どうして…」
驚いたように呟く藤壺に、私は安心のあまり脱力した。
「昨夜……いえ、心配になって。」
思わず見た夢のことを言いそうになったが、縁起でもないと急いで止めた。
すると藤壺が突然、
「お人払いをお願い致します。」
と言った。
長年連れ添ってきたが、人払いなど初めてのことだった。
やはり遺言でもあるのかとお思い、皆を下がらせ、
「どうしたのです?」
と、藤壺が体を起こすのに手を貸すと、藤壺は私の目をじっと見つめた。
病で面やつれしてはいるものの、かえって高雅で侵しがたい気品に満ちている。
そんなことを思っていると、
「院…ご存知でしたか?
………
私が、もう何十年も、院を心からお慕いしておりますことを…。」
藤壺が、そう言った。