平安物語=短編集=【完】



藤壺の屋敷に着くと、左大臣が急いでやって来たりと大慌てだったが、皆振り切って藤壺の部屋へと向かった。


「皇太后さまは、お休みになっていらっしゃいます!」

そう言う女房を無視して帳台を覗くと、身支度を整えようとする藤壺がいた。


「宮…。」

生きていた――


「どうして…」

驚いたように呟く藤壺に、私は安心のあまり脱力した。


「昨夜……いえ、心配になって。」

思わず見た夢のことを言いそうになったが、縁起でもないと急いで止めた。


すると藤壺が突然、

「お人払いをお願い致します。」
と言った。


長年連れ添ってきたが、人払いなど初めてのことだった。

やはり遺言でもあるのかとお思い、皆を下がらせ、

「どうしたのです?」

と、藤壺が体を起こすのに手を貸すと、藤壺は私の目をじっと見つめた。

病で面やつれしてはいるものの、かえって高雅で侵しがたい気品に満ちている。

そんなことを思っていると、


「院…ご存知でしたか?

………

私が、もう何十年も、院を心からお慕いしておりますことを…。」


藤壺が、そう言った。



< 332 / 757 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop