花火
時間はまだ、十時を少し過ぎた頃だった。なぜこんな早い時間に訪れたのかと言うと、どこかに出かけるとしても、まだこの時間なら家にいると思ったからだ。ここまでは予定通りだった、しかし肝心なことを忘れていた。そう、彼女の住むマンションはオートロックだった。入口から呼び鈴を鳴らし、彼女が出たとしても、門前払いをくらったら一巻の終わりだ。だが今更そんなことを考えても始まらない、思えば出会いから当たって砕けろだった。ならばその道を貫き通してやろう、そう思い、彼女の部屋の呼び鈴を鳴らした。何秒かの沈黙が流れる、だが、返事はなかった。黒のデジタル画面に、赤く『三○五』と浮かんでいた文字が、音もなく消えていった。もう一度数字を打ち込み、呼び鈴を鳴した。だが何秒待っても、返事はない。部屋の番号を間違っていたのかもしれない。必死になって記憶を辿った。だが答えは一つ、三○五号室であっていた。もう出かけてしまったのか?それとも何かを察知して、無視をしているのか?いくら女の感が鋭くても、それはないだろう。やはりすでに出かけてしまったのか。途方にくれていると、目の前の自動ドアが静かに開いた。別に歓迎されて開いた訳ではない。同年代くらいの男性が、ゴミ袋を持って出てきたのだ。横を擦り抜けながら、訝しげな視線を投げてきた。
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