花火
「すいません、鍵持たないまま家出ちゃって」
どれだけ不審に聞こえたか、それとも自然と聞こえたか、その判断は彼に委ねよう。まぁ東京ならば、同じマンションにどんな人が住んでいるかなど、一々気にしている訳もない。そう思いながら、開いたままの自動ドアに身を滑り込ませた。その直後に、静かに扉の閉まる音が聞こえた。
怪しい物は一切寄せ付けないオートロックの扉を突破したが、特に考えがあった訳でもなかった。ただ、すでになす術のなかった僕の目の前で、幸運にも開いた扉をくぐっただけだ。取り合えず三階にあがり、彼女の部屋の前に向かおう。エレベーターを使い住人と擦れ違うことを恐れ、階段を使おうかと悩んだが、そちらの方が不自然かもしれない。あえてエレベーターを待った。程なくしてやってきたエレベーターに乗り込み、三階のボタンを押した。音もなく上昇し、扉が開いた。その瞬間何かが違った。以前は扉が開くなり、春香の部屋はすぐに分かったが、今日はすぐに分からなかった。何かが違う、何かが変わっていた。
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