花火
「ちょっと夕涼みに行って来るね」
そう言って玄関に向かうと、後ろから返事が返ってきた。
「七時過ぎには夕飯にするから、早く帰って来なさい」
いつもの光景にいつものやり取り、十八歳までに何度となく繰り返してきたやり取りが、ひどく懐かしかった。色々なことが、変わらぬ様で変わっていくのだ。それは時に視覚的なものであり、時に心情的なものとして。
海からの風は心地よく、心の間をすり抜けては、全ての思いを連れ去っていく様だった。嬉しいことも、悲しいことも、悩みも苦悩も全てを。その感じが好きで、何かある度にこの船溜まりに来ては、地平線に沈む太陽を眺めたり、夜空に浮かぶ星達を眺めた。空っぽになっていく心に、時に訳も分からないまま涙を流したこともあった。声を上げるでもなく、すっと一筋の涙が流れるのだった。
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