アッパー・ランナーズ〜Eternal Beginning〜
んん。甘味の露天から漂う甘い香りが鼻孔をくすぐるくすぐる。
小ぶりの林檎に蜂蜜と砂糖をたっぷりとかけて固めた東の国のおやつや、ライ麦を挽いて焼いたパンに薄く切った果実とジャムを乗せた即席デザートまで、ついつい足を運びたくなる美味そうな匂いがあちらこちらから漂ってくる。
(うーんいい匂いだ。財布があったら幾つかカナに買っていってやってもよかったんだけどなぁ……)
うちはジジイを除いて、カナも僕も大いに甘味が好きだ。
つまりは、こんなに甘味屋があるのに一つも食べられないなんて、ああ、それは拷問に近い。
イッツ生殺し。
イッツ生き地獄。
今年の豊作のおかげか、いずれの露店に並ぶ果実も、日差しを浴びて『食ってくれ』とばかりにつやつや輝き、よく熟れた果肉を誇らしげにアピールしている。
今年の果物の糖度は例年の1.5倍だという。
中が見えるようにしたかまどで、実を潰して練り込んだ生地が膨らんでいくのを、ついつい細めた目で恨めしく見てしまう。
「食うぅぅぅい逃げだあぁぁぁ!」
ルークの意識を魅惑のスイーツから強引に引っ張り戻したのは、顔見知りである長身の定食屋のオヤジ(50)の濁(だみ)声だった。
昔は中空のどこだかの劇団員だったというその自慢の喉を限界まで震わせ、目下犯人だろう男を猛然と追いかけて、リッチアップヒルを駆け下りてきた。
ごろつきをも腕力と脚力と握力(と、あと顔)で黙らせる恐るべきオヤジ(50)である。
食い逃げなんて自殺行為、いくらルークでも頭をよぎった事がない。
その食い逃げ犯はというと、風で靡く銀糸のような真っ直ぐな髪を後ろで束ね、七色に光を反射する眼鏡を掛けた若い男だった。
遠見だが目には自信がある。革のジャケットに裾の広がったダメージジーンズといった出で立ちで、意外にも足は速かった。
食い逃げ犯は心なしか、走りながら笑っているようにも見える。
だが、相手は百戦錬磨の定食屋のオヤジ(50)だ。劇団員で鍛えたという脚力(本当かどうかは本人と神しか知らない)の前では、ぐんぐんと差が縮まっていく。
ついにオヤジが伸ばした右手が、棚引く銀髪をとらえようとした刹那、突然オヤジの姿が人々の視界から掻き消えた。
小ぶりの林檎に蜂蜜と砂糖をたっぷりとかけて固めた東の国のおやつや、ライ麦を挽いて焼いたパンに薄く切った果実とジャムを乗せた即席デザートまで、ついつい足を運びたくなる美味そうな匂いがあちらこちらから漂ってくる。
(うーんいい匂いだ。財布があったら幾つかカナに買っていってやってもよかったんだけどなぁ……)
うちはジジイを除いて、カナも僕も大いに甘味が好きだ。
つまりは、こんなに甘味屋があるのに一つも食べられないなんて、ああ、それは拷問に近い。
イッツ生殺し。
イッツ生き地獄。
今年の豊作のおかげか、いずれの露店に並ぶ果実も、日差しを浴びて『食ってくれ』とばかりにつやつや輝き、よく熟れた果肉を誇らしげにアピールしている。
今年の果物の糖度は例年の1.5倍だという。
中が見えるようにしたかまどで、実を潰して練り込んだ生地が膨らんでいくのを、ついつい細めた目で恨めしく見てしまう。
「食うぅぅぅい逃げだあぁぁぁ!」
ルークの意識を魅惑のスイーツから強引に引っ張り戻したのは、顔見知りである長身の定食屋のオヤジ(50)の濁(だみ)声だった。
昔は中空のどこだかの劇団員だったというその自慢の喉を限界まで震わせ、目下犯人だろう男を猛然と追いかけて、リッチアップヒルを駆け下りてきた。
ごろつきをも腕力と脚力と握力(と、あと顔)で黙らせる恐るべきオヤジ(50)である。
食い逃げなんて自殺行為、いくらルークでも頭をよぎった事がない。
その食い逃げ犯はというと、風で靡く銀糸のような真っ直ぐな髪を後ろで束ね、七色に光を反射する眼鏡を掛けた若い男だった。
遠見だが目には自信がある。革のジャケットに裾の広がったダメージジーンズといった出で立ちで、意外にも足は速かった。
食い逃げ犯は心なしか、走りながら笑っているようにも見える。
だが、相手は百戦錬磨の定食屋のオヤジ(50)だ。劇団員で鍛えたという脚力(本当かどうかは本人と神しか知らない)の前では、ぐんぐんと差が縮まっていく。
ついにオヤジが伸ばした右手が、棚引く銀髪をとらえようとした刹那、突然オヤジの姿が人々の視界から掻き消えた。