加納欄の催眠術 シリーズ8
あたしは、待ち合わせに遅刻してきた妹を演じて、現場に入った。

祥子先輩の動きは、いまだに止まったままだし、男は、あたしが現れて、突然立ち上がった。

「あ、初めましてぇ。欄です。お姉ちゃんの、彼氏さん、ですよ、ね?」

男は、辺りをキョロキョロしたが、あたしの顔を見ると。

「そうです。初めまして」

と、言った。

「すみません。仕事で遅くなっちゃって。お姉ちゃん。お待たせ、行こ。お姉ちゃん?」

あたしは、わざと祥子先輩の顔を除き込む。

瞳がうつろだった。

催眠術にかかっているのがわかったが、どうやったのかが、わからなかった。

祥子先輩は、ボーッとしている感じだった。

「お姉ちゃん?どしたの?お腹すいたよ」

「あぁ、彼女は今、舞い上がってて」

男が、あたしを祥子先輩から、引き離した。

「舞い上がって?」

「あ~、うん。プ、プロポーズしてさ……あはは」

「プ、プロポーズ?」

「あぁ、でも、彼女にこんな可愛い妹がいたなんて、知らなかったよ。君に早く会えていたら」

男は、ニヤァっと笑った。

あたしは、鳥肌がたった。

「彼氏さん、お姉ちゃんのこと、いつもなんて呼んでるんですか?」

男の顔色が、一瞬にして変わったのがわかった。

「え?」

「やっぱり、名前で呼んでるんですか?」

「あ、あぁ、そう。名前」

「でも、山根さん、すごいですよねぇ」

「え?やま、山根?俺?」

「あれ?山根さんって名前でしたよね。あたし、お姉ちゃんに、そう聞いてたから。ごめんなさい。名前違いました?」

「いいえ、山根ですっ!山根!俺、山根って言いますっ」


チッ。


引っ掛かんなかったか。


これだけパニクってたら、ポロッと、本名言うかとも思ったけど。


もぅいいか。


祥子先輩このままも可哀想だし。


「で?お姉ちゃんのこと、どっちの名前で呼んでるんですか?」

「ど、どっち?!どっちって、どっち?」


元々、知らない相手なのに、名前が2こある、なんて、聞かされたら、さらに、パニクるよね。


「ホントの名前で呼んでるんですか?」

「ホントの?も、もちろんだよ」


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