契約の恋愛
死にたいわけじゃなかった。

「…分かった。」

呟くように告げた答え。
鋭く男を見つめる。

「"契約"結びます。」

どうにでもなれ。そんな気持ちだった。

もしこの男が、私を殺す事が目的だったとしても、私をもて遊ぶことが目的だったとしても、もうそれでもいい。

それでもいいよ。

「本当ですか…?」
男の表情に、はっきりと歓喜の感情が浮かぶ。

「…本当。」

そう言って笑ってみせる。
その瞬間、私の体は彼の腕に包み込まれた。
突然の事で声がでない。

ラベンダーのような彼の香りが鼻をくすぐる。

あぁ。そういえば、私誰かにこんな風に抱きしめてもらった事、なかったな。

もしあったとしても、記憶にない。
私はいつも一人きりだった。
彼の私を抱きしめる強さが、更に強くなる。

後ろ髪を掴んで、彼は私の肩に顔を埋めている。

私はただ、つっ立っているだけだった。
抱きしめ返す事もなく、ただずっと瞳を閉じていた。
これが、もし"あの人"だったら、私は死ぬことじゃなく、生きることを選択していただろう。

歩き続けると、心に誓っていただろう。

本物の愛は居場所を無くしてしまったから。

だから、ほら。

この人に抱きしめられても、生きている実感がしない。
冷えきった心に響くのは、雨の音だけだった。
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