吸血鬼の花嫁


誰かを側に置こうかと幾度も考えたことがある。

だが、その度にユゼの胸を苦い後悔が占めた。

ユゼのせいで跡形もなく灰になった一人の少女。

またあんな思いをするぐらいなら、時が過ぎ行くのに任せた方がいい。

この地をユゼの名で呼ぶ者たちに、取り残される哀しみを味あわせたくなかった。


しかし、ある時から少しずつユゼの館を訪れる者は減っていった。

館は最北にあり、来るのが大変だということもある。

しかし、それ以上に人々の記憶からユゼの姿が急速に薄れていたのだ。

親から子、子から孫へ紡がれる記憶には限界がある。

その限界が来ていたのだ。


寂しい。


初めてそう思ったのは、春の穏やかな午後を一人過ごしている時だった。

もう、一週間ほど誰もユゼの元を訪れていない。


寂しい。


その翌年には、一ヶ月ほど、誰も来なかった。


寂しい、寂しい、寂しい。


そうしているうちに、数年が立ち、やがて館を訪れる者は、ハーゼオンやその眷属しかいなくなってしまった。


寂しい、寂しい、寂しい。

心が凍っていくようだ。


人から摂取していた生気もなくなり、気怠い日々が続く。

真白な雪の中、少しずつ死んでいくようだった。

ハーゼオンが気に掛けてくれているものの、話し相手のいない毎日は心の在り方さえ忘れてしまいそうであった。

優しさがひどく遠い。


人々に忘れられた後、一度だけハーゼオンに請われて国の外へ出たことがあった。

当時、赤赦と呼ばれ始めていたハーゼオンの一派は、黒刺の領域とよく揉め事を起こしていたらしい。

黒刺側が手を出し、それに応戦することがほとんどだったが、その時はたまたまハーゼオン側の者が先に手を出してしまったのだ。

格下に手を出されたと怒る黒刺側は、ハーゼオンの謝罪にも引く気配を見せず、争いは泥沼化していた。

困り果て、これ以上の犠牲は出せない、とハーゼオンはユゼに助けを求めてきたのだ。

運よく結界が安定期だったこともあり、それを了承する。


黒刺が嫌がらせでつけたとしか思えない青珀という称に怯える者たち。

その姿に複雑な感情を抱いたことだけを今でも覚えている。


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