吸血鬼の花嫁


「…お前の言葉には惑わされない」


青年の言葉を跳ね返すように強く言った。


「他者へ暗く尖った不安を刺して楽しむ、お前などに」


ユゼの真っ直ぐさを青年が鼻で笑う。


「暗い不安を刺す、か。ならば私はその名を受け取り黒刺となろう、青き琥珀よ」


黒刺と名乗った青年はおもむろにに闇を翻した。


「残念だ。お前もこちら側に来たのかと思ったのに。

どうやら、我らの道は分かたれたままのようだ」


ようやく、青年がここに来た意図を理解する。

この男はユゼが、人を庇護する理由がどちらなのか知りたかったのだろう。

人を飼い、この男のように食いものにするのなら、遊び相手に。

そうでないのなら、嘲笑いに来たのだ。

どちらであっても、ユゼはこの男の退屈しのぎの玩具でしかないのである。

そんな者と同じ道に進みたくなかった。


「我らの道が交わることは永遠にない」


お前とは違うのだ。

消えいく闇へ叫ぼうとしたが、声にならずに消える。

不意の後悔が胸を締め付けたのだ。


本当は、あの男と同じ道を歩んだ方が楽なのではないか。

いつかこの地に住まう人々は、ユゼを琥珀に閉じ込められた虫ではなく、虫入りの琥珀としか見なくなるのではないだろうか、と。


それは、青年が去った後にも消えずにいた。

もしかしたら、これがあの男の本当の望みだったのかもしれない。

ユゼの心に、黒い染みを落とすことが。


それでも、そこから数百年は不安に飲み込まれることはなかった。

好いた少女がいつの間にか母となり、老いてこの世を去ってしまっても、その子、その孫がまたユゼの元へやって来た。


黒刺の元から逃げ出して来た青年が、助けを求めにきたこともある。

まだ幼さの残る青年の衣は、血の黒で薄汚れていた。

ユゼの周りにいた者たちがそれに気付くと、何も聞かず、そっと温かい飲み物を出した。

青年の憎しみに染まった緑の瞳が、ほっとしたように小さく笑ったことが印象に残っている。


北の御方に頼みたいことが、と茶を飲み終わった青年は、額を床に擦り付ける勢いでユゼへ頭を下げた。


青年の名はハーゼオンと言った。


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