吸血鬼の花嫁


「ちょっと、ミルフィリア?」


扉を叩くと、向こう側から、ミルフィリアの含み笑いが聞こえた。


「悩みがあるのなら、直接ぶつけるのが一番じゃろ。ゆっくり話すが良い。

わらわはルーとお茶を飲んでくるゆえ」


ミルフィリアが軽い足取りで遠ざかっていく。

なのに、扉はかっちりと閉まったままだ。

ミルフィリアが押さえ付けているわけではなかったらしい。


「封じられているようだな…」


ユゼが扉に触れ、何かを確かめるように言った。

私は弾かれたように、ユゼの隣から離れる。

この状況の中で、どう反応していいのか分からない。

気まずい静寂が私たちを包んだ。


ユゼはしばらく私を眺めていたが、不意に手を伸ばす。

向かう先は私の顔だ。

私はびくりと体をすくませた。

ユゼは、伸ばした手を止める。


「私が怖いのか」

「……」


ユゼが、怖い…。


そうなの、かもしれない。


私はユゼのことが好きなはずなのに、同時にとても怖かった。

何に対する恐怖なのか、自分でもよく分からない。

ユゼが氷色の瞳を伏せた。


「怖いのなら、もう触れはしない」

「……ちがう、わ」


怖いけど、私が望んでいるのは、そういうことではない。


「違う?」

「ええと…怖くないわけじゃ、ないの。でも違うの」

「何が」


心底不思議そうな声でユゼが尋ねた。

私は言葉に詰まって俯く。

とても言葉にしづらい感情だ。


「触れて欲しくないわけじゃ、ないの」


好きだから触れて欲しい。

これは、紛れも無い本音だ。


けれど。

けれども、怖いのだ。

ユゼの冷たい指は、黒刺やあの日のことを思い出す。

黒刺に触れられた感触。

正気を失ったユゼが、無理に体を暴いていった記憶。

そういったものが、まだ、私の中に恐怖として残っている。

声が、無意識のうちに震え出した。

涙が零れそうになる。


「あの日、貴方が貴方じゃないようで怖かった。

そして、貴方にとって私は、贄でしかないと思い知ったようで、とても哀しかったわ」



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