吸血鬼の花嫁


息を飲む音が聞こえた。


「違う」


ユゼの声音は焦燥しているせいか荒っぽい。


「違う、そんなことは思っていない。絶対に」


私は顔をあげた。

ユゼの強く真摯な眼差しが私に注がれている。

息苦しそうだ。

それが、少し嬉しい。


「あのね、ユゼ。いいの」

「何が」

「謝らなくても良かったの。あの時のこと。私は贄なのだから。

…だから、貴方には私を好き勝手にできる権利があるのよ」


吸血鬼と花嫁の関係は、本来それが正しいのだ。

ユゼが気に病む話じゃない。

痛ましげに歪んだユゼの顔に私は目を細めた。

こんな風に優しさをくれなくてもいい。


「だから、ごめんなさい」


妹のレイシャを助けて貰ったのに、それ以上を望んで。


「我が儘で、子供で、自分勝手で」


それでも、まだ、ユゼの優しさが欲しいなんて。


そんなことを望む浅ましい自分に、堪えていた涙が零れる。


不意に、視界からユゼが消える。

抱きすくめられたのだと気付いたのは、ユゼの手が私の頭を撫でた時だった。

青い髪が私の頬に触れる。


「泣くな」


切実な声が耳元で響いた。


「花嫁に泣かれると、私が困る」


私はユゼの腕の中で小さく首を振る。


「貴方は困らなくていいの。

だって、私が勝手に貴方を好きなだけだから」


しんと部屋が静まりかえった。

ユゼは腕を緩めると、体を離して私の顔を覗き込む。

ゆっくりと、ユゼの舌が私の目尻を拭っていった。


「それならば、なおさらに」


ユゼは落ち着きを取り戻したらしい。

先程とは逆の眼に唇を寄せた。


「……こんなことを言えば、不快に思うかもしれないが」

「な、に…」


ユゼが気まずそうに瞬く。

嫌そうなのではなく、照れているようにも、ばつの悪そうな風にも見える複雑な顔だった。


「勿体ないと思っていた」

「なにを?」


思い当たる節がなく、私は首を傾げる。


「あの時のことを、何も覚えていないことが」


ユゼの告白に、私の頬が朱に染まった。



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