吸血鬼の花嫁
しばらく紫焔は、照れた様子でぶつぶつ言っていた。
しかし、私が笑っているのに気付くと表情を変える。
浮かない表情に。
「……どの道叶わぬ想いじゃろうがな」
「それは、どうして」
急な温度差に私は戸惑う。
紫焔が寂しげに笑った。
「あやつは、元が人だから。人としての倫理がわらわを拒むのじゃ」
「でも、吸血鬼も人も変わらないって…」
「それは、心の有様の話じゃ。別の部分では違うところもある」
どういう、意味なのだろうか。
尋ねようとする私を遮るように、紫焔はぱちんと手を叩いた。
「さて、わらわも一肌脱ぐか」
「え?」
「いいからいいから。そこで待っておれ」
ぴょこんとベットから飛び降りたった紫焔は、部屋から出ていこうとする。
私は、慌ててその姿を追うが、手で制された。
「どこへ行くの、紫え」
「ミルフィリアで良い。許す」
「ミ、ミルフィリア」
名前の呼び方を改めると、ミルフィリアは満足そうに笑う。
「時間は取らせぬ。そこで待っておれ」
行き先を告げないまま、ミルフィリアがどこかへ歩いていった。
自室に、一人取り残された私はどうしたものかと考える。
「吸血鬼と、人の違うところ、か…」
そんなもの、多すぎて分からない。
人同士、吸血鬼同士だったら、こんなに悩まなくてすんだのだろうか。
ううん、と悩んで、それは少し違うような気がしていた。
きっと、同じ種族でも、同じように悩んでいたに違いない。
「待たせたのう」
しばらく経った後、そう言って、ミルフィリアが私の部屋を覗きこんだ。
悪戯をする子供のように、にっと唇を吊り上げる。
それから、背後の人影を無理矢理部屋の中へ押し込むと、扉を引っ張った。
私が何かを言う前に、ばん、と容赦なく扉が閉じられてしまった。
紫焔は、部屋の外に。
私と人影は、部屋の中に。
扉によって隔たれていた。
人影はユゼだった。
困惑気味に扉を見ている。
私は扉を開けようとしたが、外から押さえ付けられているのか、ぴくりともしなかった。