吸血鬼の花嫁
「まあ、吸血鬼なんてただの伝説だろうしなぁ…」
同意を求めると、青年は答えず小さく微笑んだ。
それは、ジェフへの肯定の笑みではないように見えた。
何を考えているのか、判断し難い。
「あんた、北のシルヴェリアに行ったことは?」
仕方なく、ジェフは話題をかえた。
シルヴェリアは、ジェフの故郷である。
一年の大半が雪に閉ざされている北の国だ。
あの地では、ここのような黒い吸血鬼の話ではなく、どこか物悲しい吸血鬼の話が多く語られている。
先程の、吸血鬼と花嫁の話のような。
「昔、少しだけ住んでいたけれど」
「そうかい。俺はあそこのユゼ地方の出身なんだ。今は一旗あげたくて、こっちへ出てきちまったがな。
あんたは、吸血鬼の館の燃え跡を見たことがあるかい?」
シルヴェリアの更に最北にあるユゼ地方には、吸血鬼が住んでいたと伝えられている館の燃え跡があった。
ジェフは一度だけ、その跡を見に行ったことがある。
世界に忘れられたかのように、その館の跡はあった。
だが、吸血鬼が住んでいた面影など一つもなく、がっかりした記憶がある。
青年はジェフから目を逸らして考え込んだ。
「さぁ。どうだったかな。もう忘れてしまったよ」
「見てもたいして面白いものじゃないしなぁ」
「そうだね」
馬車の揺れに身を任すように、青年は眼差しを伏せる。
「ユゼ地方は今どうなっているんだろうか」
独り言のように青年が呟いた。