吸血鬼の花嫁
「ここで何をしている」
聞き覚えのある声が私の耳に届いた。
独特の温度を持つ声。
それはけして好ましいとは言えなかった。
「……吸血鬼」
現れたのは、私の予想通りの青く長い髪の主だ。
私は、今いる場所から二歩後ろに下がる。
あまり側に近寄ると、自分が自分ではなくなってしまいそうで怖かった。
今も、半分の私は吸血鬼の足にひざまづいてしまいたいという衝動にかられている。
「迷っただけよ、食堂に行きたかったの」
「食堂はこちらにはない」
吸血鬼は手を伸ばし、数冊の本を私へ差し出した。
「これは?」
「ルーに渡せば分かる」
私はその本をそっと受け取った。
自分で渡しに行かないのだろうか。
…そういえば、調子が悪いと、ルーが言っていた。
私は吸血鬼の顔をまじまじと見上げる。
青い髪。氷色の目。瞳孔が人の目より細長い。顔色が悪いが、元々こういう色なのか判断できない。
「体調が悪いって聞いたけど、大丈夫なの?」
好きとか嫌いとかを別として、体調の悪い者を放ってはおけなかった。
そういえば、初めて会った時も吸血鬼は眠っていた気がする。
不意に吸血鬼がふっと唇の端で笑いを作り、長い腕で私を引き寄せた。
唇は笑っているのに、目は一つも笑っていない。一層険光さを増していた。
「寝首をかくつもりならやめておけ。どれほど衰えようとも、人の子が私にかなうはずがない」
その言葉に、頭がかっと熱くなる。
私は両手で精一杯、吸血鬼を突き飛ばした。
手から本が滑り落ちて、ばさばさと派手な音を立てた。
「違うわ。ほんとに、本当に心配したのに」
そんな風にしか取ってくれないなんて。
なんだか悔しくて、涙まで滲んできた。
それはきっと、ルーや家妖精のおかげで好きになりかけたこの館に、裏切られたような気がしたからだ。
私は涙が落ちる前に、床へ落ちた本を急いで拾いあげた。