吸血鬼の花嫁


手が、私の頭に触れた。

それから顔、肩へと移っていく。


私の形を確かめているみたいだ。

初めて私という人間に気付いたかのように。

私へ触れていく。

冷たい手。


「どんな理由であれ私たちは関わってしまったのだから。

私たちは無関係でいられないわ」


…逃げていたのは、私も一緒だった。

この吸血鬼と、ちゃんと向き合っていなかったような気がする。

いつも、目を逸らしていた。

目を逸らしていれば、今まで通りの自分でいられると思っていた。


だけど、時が止まったかのようなこの館に甘んじて、いつまでも同じままではいられない。


「私は、アイシャ」


とても今更な、私の名前。

こんな一番最初の段階も、私たちはクリアしていなかった。

ルーは簡単に明かすなと言っていたけれど。

多分これは、簡単、ではない。

決意があるのだから。


「貴方の名前は?」


この吸血鬼の未来に添う決意が。


吸血鬼は静かに私を見返した。

怒っているわけではないようだ。


「人は暖かい」

「え」

「時が流れ行くうちに、私はそれを忘れる」


小さな告白。その声はどこか空虚だ。

感情も感傷もない。

失われてしまっているかのような。


「我が名はユーゼロード」

「ゆーぜろーど……」


どこかで聞き覚えのある、懐かしい名。

喉元に引っ掛かっているのに、上手く出てこなかった。

とりあえず、その引っ掛かりは頭の隅に置いておくことにする。


「私たちは知らない間に、貴方の気に触ることをしたのかもしれない。だとしたら謝るわ、ごめんなさい」


だけど、それとは別にあの吸血鬼の態度は、許せなかった。


「その代わりルーに、謝って。酷い言い方をしたこと」


「……。…分かった」


吸血鬼は、意外に早く了承する。

私たちは、今度は並んでルーが待つ食堂へと戻った。



< 73 / 155 >

この作品をシェア

pagetop