吸血鬼の花嫁



あれ以後。

何かが、特別変わったわけではないけれど、館の雰囲気が少しだけ明るくなったような気がした。

相変わらず吸血鬼は寝ていることが多かったが、以前よりほどではない。

時折顔を覗かせて、とりとめのない話をしたりしていた。


「それにしても、ルーは健気よね」

「そうかぁ」


私とルーは、吸血鬼の書斎を片付けていた。

主である吸血鬼は散らかすのが専門らしい。あちらこちらに本が積まれている。


「ねぇ、どうしてそこまであの人を信用しているの?」


壁に備え付けれた本棚の下から梯子に登ったルーへ本を渡す。


「信用…というか。なんていうかなぁ。

凄く優しい奴いたとしても、長い間優しさに触れていなかったら、優しさを忘れてしまうんじゃないかって、俺は吸血鬼のことをそんな風に思ってるんだよ」

「あまり優しそうには見えないけど…」


ルーに対する態度だって、褒められたものではない。

本を棚に納めながら、ルーが苦笑する。


「昔は今より調子が良かったから、俺に字を教えてくれたりしてたんだ」

「そうなの」

「出来の悪い生徒だったけどなー」


はははとルーは自嘲した。


「そういえば、私、吸血鬼の名前を聞いてしまったわ」


私の告白に、ルーがぴくりと動きを止める。

予想外に真剣な視線が私を見下ろしていた。


「それで?」

「ええと…どこかで聞いたことのある名前なんだけど、思い出せなくて。ルーなら知っているかと思ったんだけど…、聞いたらまずかったかしら?」


険しい顔をしたルーに私は戸惑う。よほど悪いことをしたのだろうか。


「……本当に思い出せないのか?」

「え、ええ…」


強いルーの眼差しに、私は一歩引いた。

怒られる。

そんな予感に私は身構えた。


しかし、すっと目を逸らしたルーは、残念そうに深く息を吐いただけだった。



「…本当は花嫁自身に思い出してほしかったんだけど」



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