吸血鬼の花嫁
そんなわけで、とハーゼオンは手を叩いた。それをきっかけに表情を明るく変える。
「俺のとこはいい所なんだけど、今はちょっと危ないから、落ち着いたらぜひ遊びに来てね」
そう言えば、ハーゼオンが来る前に、そんな話をしていた。
今の今まで忘れていたけれど。
「えぇ、いつか」
「その時は、花嫁のために、たくさんの花を用意しておくよ。あ、もちろん青珀もルー坊も大歓迎だけど。
さて、そろそろ俺は行こうかな」
立ち上がって、ハーゼオンは帰り支度を始める。
「忙しい中、わざわざ悪かったな」
「いや、こっちこそ迷惑掛けて本当に申し訳なく思ってる」
ふと、ハーゼオンが私へ目を留めた。
「旅行がどうのこうの行ってたけど、青珀、花嫁をあまり他領域に連れていかないほうがいいと思うよ。
今まで花嫁らしい花嫁を持たなかった青珀の花嫁ってだけで、手を出してくる輩もいるだろうから」
忠告にユゼが頷く。
「人のものを取りたがる困った奴も多いんだ」
やれやれというように、私へ向かってハーゼオンは、肩をすくめた。
そして、見送りを辞退するように私とルーを手で制する。
「気をつけるわ。貴方も気をつけて」
「うん、有難う。それじゃ、また」
「ハーゼオン、あんまり無理すんなよ」
去っていくその背にルーが呼び掛けると、ハーゼオンは嬉しそうに振り返った。
了解と言いたげにルーへ手をひらひらと振る。
「何かあったら、また慰めてね」
言い終わるとハーゼオンは足早に去っていった。
後に残された私たちは、ユゼが何か言い出すのを待つ。
ユゼは書棚から、古い紙を引っ張りだしていた。
四つ折にされたそれを広げて静かに眺めている。
私とルーはユゼの両脇からそれを覗き込んだ。古ぼけた紙には、丸や四角やそのどちらでもない輪が描かれている。
「これは?」
「地図だ」
言われて見れば、地図だ。ただし古く不正確だ。
「地図がどうかしたの?」
「いや…」
ユゼがその古い地図を眺めながら考え込む。
その地図には私の知っている地名は一つもなかった。