雨
唇を噛んで、包丁を握りしめる。
くそ、と小さく毒を吐いて、白い球体の上に包丁を垂直に下ろす。包丁がまな板に到達した瞬間、ふわりと上がった玉ねぎの匂いが、鼻をつんと刺激して。たぶんその所為だ、少し視界が滲んだ。
袖口で乱暴に目をこすって、音をたてながら同じ細さに切っていく。
どうしてか、以前偶然目にした少女の寝顔と、それを見つめるあの馬鹿のまなざしが思い出されて、胸がかき乱された。
くやしい
くやしい。
でもいったい何故こんな気持ちになるのか―私には、わからない。
刻々と色を深めていく空、それと同じように闇を深めていく家の中。心はさらに曇り始めていた。
もういちど深く、息を吐こうと口をあけた
そのとき、だった。
がたん、という重く錆びついた音―玄関の戸が、開けられる音がした。