母の心音(こころね)
「三月十四日やった。主人の弟な、松阪でステーキハウスをやっとるんや。最初は小さな店で、主人が屋号をつけたんや、三松ってな。今では旅行案内書に出るぐらいに繁盛してな。三松の長男の結婚式に招待されたんや。末娘とどうやろって話もあったけど、従兄弟同士やでな。主人と二人で汽車に乗って行ったんや。故郷の駅、佐奈って言うんやけど、ちょうど佐奈に差し掛かった頃、ふと思い出してな、母に手を引かれて道端の大きな楠木を見上げたことをな。五十四年も前のことや、まだ楠木があるやろかと思ってな、汽車の窓から見たんや。そしたらな、その楠木まだあったわ。この楠木天然記念物や。周りを暗くするほど緑繁って居ったわ、母を思い出してな。自分は六十一歳や、そしてな、ふと思ったんや。大楠に比べたら、人の世ははかないものや。しみじみそう思ったんや」
母の手に
すがりし頃と変わりなき
幾世を飾る佐奈の大楠
母の手に
すがりし頃と変わりなき
幾世を飾る佐奈の大楠