魔法の指先
「…まぁ、昔話は後でゆっくり話しましょう。今日は仕事の話で心亜ちゃん呼んだんですから」

「あぁ、そうだったね。すまない、懐かしくてつい…」
『あの、話って…?』
「心亜ちゃん、マリアーズって会社知ってる?」
『えぇ、確か化粧品会社ですよね?』

マリアーズは幅広い世代から支持されている大手化粧品会社。値段もわりとリーズナブルな価格で学生たちにも求めやすくなっている。年商はなんと五十億円。

誰もが知っている会社名だ。

「今度、マリアーズが新作を出すんだけど、その専属モデルに心亜ちゃんがご指名されたんだ」
『……へ?でもマリアーズの専属モデルって海山 雪さんじゃ…』

海山 雪は国民的アイドル歌手でこの間、マリアーズの専属モデルになったばかりのはず。この中途半端な時期に私の所へ専属モデルの話が舞い込んでくるのはおかしい。

「先週まではな」
『先週?』

川島さんの呟きがやけに重く感じた。

「この間、週刊誌に不倫疑惑が報じられたんだよ。愛妻家の磯井 邦夫と」
『……そうなんですか?』

きっとテレビでも報じられたのだろう。磯井 邦夫は日本を代表するベテラン俳優で愛妻家でも有名だった。そんな彼が不倫なんてするだろうか?と思ってしまうが、そんなことはどうでもいいのだ。

真実か偽りなどこの業界、関係ない。報じられたたらおしまい。特に不倫は。おそらく、海山 雪はマリアーズから契約打ち切りを言い渡されたのだろう。彼女のスキャンダルは会社をイメージダウンしてしまうだけなのだから。

「ま、そういうわけで心亜ちゃんにご指名があったわけ。心亜ちゃんは女の子から絶大な支持を受けてるわけだし、ピッタリだと思うよ」
『……はぁ』
「もちろん、心亜ちゃんの事務所には許可とってあるよ。心亜ちゃんさえ良ければって」
『……はぁ』

結局、何が言いたいのだろう?こんなことを伝える為に私を呼んだわけでもあるまい。

「まぁ、何が言いたいのかっていうとね……実はマリアーズからキスシーンを要求されたんだ」
「口紅の宣材だから当たり前だけどな」
『………』


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