魔法の指先
歯切れ悪く答える私に左海さんは疑問符を浮かべていた。何も知らないのだから仕方がない。───何があるのかはまた後で追々話すとしよう。

「あれ……なんか、俺まずいこと言った?」
「いえ、そんなことは…───私、そろそろ失礼します。学校遅刻しちゃいますから」
「ぁ…あぁ、うん。気をつけて」
「はい、また仕事で」

私は軽く会釈をしてから逃げるようにその場を後にした。急いで楽屋へと向かう。

(遊ぶ友達なんていないよ…)

私の心の呟きは誰にも聞こえることはない。



コンコンコンコン、と私が楽屋で制服に着替えているとドアがノックされた。

「はい」
「俺。準備できたか?」

名乗らずとも声でわかる。低く、ハスキーなこの声は彼しかいない。

「もうちょい。春、先に駐車場行ってて」
「わかった。早くしろよ?」
「あい」

と、私がそう頷いたその直後、カツカツカツと次第に遠退いていく足音がドア越しから聞こえてきた。

彼の名前は北澤 春。29歳。私の専属マネージャーで所属事務所、スターマリンのチーフマネージャーでもある。───当たり前かもしれないが、私のスケジュール管理は全て彼が行っていて、今こうして1ヶ月ぶりに学校に通えるのもきっと彼のおかげ。

本当はこの後も撮影した写真をチェックしなければならないのだが、彼と左海さんの配慮でそれを省いてもらった。そうでもしなければ遅刻せずに学校に通うなんてまず、無理だ。

「ヨシッ、準備完了」

鏡に映る私は先ほどの煌びやかな姿ではなく、ごく普通の女子高生へと変貌していった。といっても制服に着替えただけなのだが。

肩にスクールバックを下げて楽屋を出ると、私は急いで地下にある駐車場へ向かった。途中、行き交う人たちが物珍しそうにこちらを見ていたが、気にしない。

駐車場に着くとまだ朝早いというのにズラリと車が並んでいた。その中にいた。

シルバーのベンツ。

運転席で眠たそうに腕を組んで待っている彼の姿が。───早朝からの撮影だったので仕方ない。───言わずもがな、それは春のことだ。

「お待たせ」
「……行くか」

私が助手席に座ったのを確認すると彼は組んでいた腕を解き、眠気覚ましに水を一口飲んでから車を発進させた。


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