魔法の指先
「仕事、忙しいみたいだね…CMにも最近出てるみたいだし」
『平気だよ』

華ちゃんが心配そうな眼差しで私を見ているので安心させるように言った。

確かに最近はCMの出演依頼が多いような気がする。その数なんと14本。有難い話なのだが、おかげで休みが中々とれないでいる。

「あんまり無理、しちゃ駄目だよ?体壊しちゃったら元も子もないんだから」
『うん、ありがと』

流れにならって校門まで続く並木道を肩を並べて歩く。周りの視線が痛い。

「お前等な~そんなスカート短くしたらパンツ見えるだろ」
「やだぁ、先生セクハラ~」

校門に近づくにつれて聞こえてくる2つの声。若い男性教師に数名の女子生徒が絡んでいるご様子。

私は彼女たちの発する甘ったるい媚びた声が基本的苦手だ。芸能界にもあのような子たちは沢山いるが、その殆んどが表裏が激しく、危険人物が多い。偏見だと言われるかもしれないが、私はなるべく彼女たちと関わらないようにしている。厄介ごとは御免だ。

「緑山さんたちまた先生、誘惑してる~」

誘惑。確かに今の彼女たちには1番しっくりくる言葉だ。豊満な胸を強調するかのように大きく空いたそれは襲ってくれ、と自己主張しているようなもの。

健全な男子生徒の視線がその胸元に注がれる。

『華ちゃん、行こ』
「うん」

私は早くこの場から立ち去りたかった。芸能界もこの世界もなんら変わりない。そう、誰かに告げられた気分だった。───私の唯一の逃げ場さえ、失いつつある。なんだかそれが無性に悲しい。

私たちが歩く速度を上げ、校内に足を踏み入れようとしたその時、

「あーーー!!」

という叫び声にも近い声に思わず私たちは肩を跳ね上げた。失礼なことに思いっきり指を差される。悪気がないにしても少し不快感が残った。

「秋山 心亜だ!!まじ、本物ー?」
「本当だ~つか、なんでいんの?ここの生徒だったなんてうち知らなかったし」
「私も~」
「てゆーかサイン頂戴!!」

囲まれてしまった。きつい香水の香りが鼻につく。窒息死しそうだ。

私がこの学園の生徒だというのは殆んどの生徒が知っているのだが、稀に知らない生徒がこうして近づいてくることがある。遠巻きに見られるよりは気が楽だ。


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