魔法の指先
どうやら爆睡しているご様子で全く起きる気配がない。私は一瞬思案したが、覚悟を決めて、誰も見ていないことを確認した。そして、その大きな体目掛けて持っていたスクールバックを思いっきり振り落とした。

バフッという鈍い音が聞こえたが、固い物は入ってないはずなのでそれほど痛くないと思う。

「……って」

むくり、と起き上がったその体はくるりと踵を返し、物凄い剣幕でこちらへ向いた。

180センチもある長身に対して私は150センチにも満たない。必然的に私は彼を見上げなくてはならない。首が痛くなりそうだ。───彼のキリッとつり上がったその瞳は野性的で女好みのする顔立ち。さぞかし女にモテることだろう。などと、暢気なことを考えていた。

「テメー、何すんだ!!」

耳が痛くなる程の大きな声。周りの視線がこちらへ集まる。

『ごめんなさい。でも、そこ私の席なの』
「だからって殴るか?!普通!!」
『起きなかったんだからしょうがないじゃない。それに、普通は人の席で居眠りなんてしないはずでしょう?』

怒鳴り散らす彼に対して私は淡々と答えた。間違ったことは言っていない筈だ。……多分。

「テメッ……」
「おーい、剱崎。秋山を苛めるな~?先生、ファンなんだから」

いつの間にか教卓に担任もとい、菅原先生が立っていた。入り口の傍らには無精髭を生やした中年の男性教師が退屈そうに大欠伸をしている。───おそらくは副担任だろう。───教師らしからぬ行動だ。

「チッ…」
『すみません…』

私たちは席に着いた。この剱崎という男子生徒は私の右隣の席だった。───席が隣ならば、わざわざ移動しなくてもよい、と思うかも知れないが、日当たりのいいこの席での睡眠は最高に心地よいのだろう。

「よーし、出席とるぞ」

出席簿を片手に菅原先生は次々と生徒の名を読み上げていく。私の名が呼ばれたのは、丁度中盤の頃だった。

キーンコーンカーンコーン。

雑談を交えながらのHRが終わり、教師2人が教室から出ていったその時、携帯のバイブレータが制服のポケットの中で鳴った。

私はこっそりと教室を出て携帯のディスプレイを認する。そこには左海 遼、と先ほど会ったばかりの人物の名が表示されていた。

『はい、秋山です』


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