魔法の指先
《あ、心亜ちゃん?ごめん授業中だった?》
『いえ、丁度今HRが終わったところです。何か急用ですか?』
《あ~うん……。ちょっと心亜ちゃんにお願いがあって…》
『お願いですか?』

あのプライドの高い左海さんがお願いとは珍しい。しかも若輩者の私に。

《うん。電話で話すと長くなるだろうから、今日会えないかな》
『今日ですか?』
《都合つかない?》

電話越しに聞こえるクラッシック音楽。ショパンの別れの曲。───確かそんな曲名だった気がする。幼い頃によく弾いていた曲だ。懐かしい。

ピアノの綺麗な優しい音色が私に語りかける。それはまるで母親が赤子をあやすよう。

『夜、遅くても平気なら…』
《俺は全然構わないよ》
『じゃあ、後でまた電話しますから【Clover】に来て貰えませんか?』

知人が経営しているカフェバーだ。夜中まで営業しているので迷惑はかからないだろう。

《わかったよ。じゃあ、また後で》
『はい、また電話します』

ツーツーツー、とそこで電話は途切れた。チャイムが鳴る前に私は席へ戻る。隣にいる剱崎君───そう、呼ぶことにする。───は携帯をピコピコ弄っている。

こうしてその横顔をまじまじと見ていると、実に整った顔立ちをしている。誰かに似ているような気もするが、それが誰なのかはわからない。

「何?」
『え?』
「そんなジロジロ見られると気が散るんだけど」

そう言われ、私は彼から視線を外した。彼は眉間に皺を寄せて明らかに不機嫌そう。

『ごめんなさい。剱崎君、誰かに似てるなぁ…って思って』
「そ」

と、彼は再び携帯に目を落とした。

キーンコーンカーンコーン。

時は過ぎ、時計の針は12時30分を指している。お昼休みの時間だ。ざわざわと皆、席を立つ。

食堂で優雅に食事する者、愛情たっぷりのお弁当を仲良く友人と食事する者、と人それぞれだが、私はそのどちらにも当てはまらない。

いつも裏庭でひっそり食べている。それを寂しいと感じたことはない。むしろ心地よかった。5月の風がそよそよ吹いて、瞳を閉じれば小鳥の囀ずりが聞こえてくる。


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