魔法の指先
あの場所にいると時々、そこだけが別世界のように感じる。ゆっくりと過ぎていくその時間は目まぐるしい日々を一時忘れさせてくれる。喧騒の中から逃げ出した私の心をいつも癒してくれていた。

犬のようにまとわりついてくる華ちゃんも私がそこで食事してることなど知らない筈だ。

「…ッ…グス」

中庭を通り過ぎ、裏庭へと辿り着いたそこには小さく丸くなっている女の子がいた。泣いているのか、鼻を啜る音が聞こえる。顔は伏せているので見えないが、腰の辺りまで伸びたその艶やかなその髪は綺麗だ。

『どうしたの?』
「……え?」

泣いている彼女を放って置けるほど私は酷な人間じゃない。

彼女は赤く腫らした大きな瞳で私を見上げる。───海のように青く澄んだその瞳。なぜ彼女が泣いているのかわかった気がした。これは私の推測に過ぎないが、きっと苛められていたんだと思う。カラコンでは生み出されないその綺麗な青は妬みの対象となるだろう。

『いつもここで泣いてるの?』
「ぇ…うん」
『ふーん』

私は彼女の隣に腰を降ろして、お手製の手作りお弁当を広げた。自慢じゃないが、料理は得意。大抵のものなら本を見なくても作れる。

ぐぅううう。

ふと、隣から聞こえた腹の虫。真っ赤になって恥ずかしそうに俯く彼女の姿が。

『……お弁当ないの?』
「教室に忘れて…」
『食べる?』

私はフォークで玉子焼きを刺して、ズイッと彼女の目の前に差し出した。

「ぃ、いいです。教室に帰って食べるから」
『…そう』
「でも、ありがとうございます」

ぎこちなく笑うその笑顔はとても綺麗だった。まるで純真無垢な天使のよう。

「リノン」

聞こえてきた1つの声。どこか聞き覚えのある低めの声だ。視線をそちらへ移すと朝の男子生徒───剱崎君が立っていた。

彼は私の存在に気付き、一瞬顔を歪めた。しかし、それはほんの一瞬のことですぐに元の無表情へと戻る。

「学君」

彼の名前は学というらしい。

「またやられたのか?」
「………」
「悪い」
「学君は悪くないよ、何も悪いことしてないてないでしょ?」


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