魔法の指先

私を隔てて交わされる言葉のキャッチボール。食べにくくてしょうがない。───やはり彼女は苛められていたんだと、今の会話で再確認した。最も私が推測したのとは少し違うようだが。

「なんであんたがここにいるんだ？」
『お弁当食べるため。他に何があるっていうんですか？』
「……いや」

顔をふいっと横に背けたかと思うとリノンちゃん───さっき彼がそう呼んでいた。───の元へ歩み寄り、小さなお弁当箱を手渡した。

「ありがとう」
「ん、じゃあな」
「うん、バイバイ」

過ぎ去る彼の背に手を振る健気な彼女。その姿は恋する女の子のように可愛らしかった。

彼が立ち去ったことでようやくのんびりと昼食を取ることが出来る。隣にいるリノンちゃんも嬉しそうに玉子焼きやら、ウインナーやらを頬張っていた。

「秋山 心亜ちゃんだよね？」

もし早食い選手権がこの場にあったのならばきっと彼女は上位を狙えるだろう。５分も経たない内に空っぽになってしまったそのお弁当箱は米粒１つさえ、残っていない。

『うん』
「私は澤野 リノン！心亜ちゃんと同じクラスだよ。よろしくね」

彼女がクラスメイトだなんて知らなかった。同じ学年ということは制服のネクタイを見てわかっていたが、───学年別に識別できるよう色分けしてある。───同じクラスとは思いもしなかった。もしかしたら、どこかで１度会っていたのかもしれない。そうだとすればきっと覚えている筈なのだが。

『うん、よろしく』
「心亜ちゃんこの場所すき？」

と、何の前触れもなく彼女は聞いてきた。

『…うん、好き。私の逃げ場だからここは』
「心亜ちゃんでも逃げたりするの？」

当たり前だ。私はそんなに強い人間じゃない。

『うん、いつも逃げたくなる。誰も私自身を見てくれなくて、時々モデルなんて辞めたいって思う時もある。そんなこと出来る筈もないのにね、馬鹿みたいでしょ？』と、言葉を続ける。『でも、不思議とこの場所はそんなことも忘れさせてくれる。だから仕事も頑張れるんだと思う』

初対面の女の子に何話しているんだろう。別に聞いて欲しいわけでもないのに。彼女の雰囲気がそうさせているのかもしれない。ふわふわと柔らかな雰囲気を持った彼女は私の心を和らげてくていた。


.