pp―the piano players―
 酒井君はしばらく、言葉を探しているようだった。そのうちに、電車は降りる駅に着く。休日の午後、観光名所や美術館、博物館、動物園が近接するこの駅を利用する人は多く、わたしたちも緩やかな人の波に乗って動く。


 木造の建物はひんやりとした空気をまとい、初夏の日差しに熱った体を静かに冷ましていく。受け付けで、わたしと酒井君はそれぞれが持っていたチケットを切ってもらった。若葉色の封筒に入っていた三枚のチケットから、適当に取り出した一枚のチケット。
 半券を見せ、ホール内で座席を確認すると、酒井君は
「やられたな」
 と呟いた。


「あの席に座る人に一番良い音が届くようになっている」
 先生と加瀬さんと三人で、圭太郎君の演奏を聴きにこのホールに来たことがある。天井を見上げていた加瀬さんは、すっと一つの席を指差して言った。先生は、おへそね、と頷いていた。
 わたしの席はおへそとその両隣、酒井君はその真後ろの席だった。
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