たんぽぽ
 リボン館の前の細い道は相変わらず人通りもなく静かだった。

 春華はまだ来ていないようだ。もしかして迷ったのかもしれない。リボン館の位置は来たことがなければ相当わかりづらい。ただ、僕の携帯電話は大人しくしているのできっとまだ近くまで来ていないのだろう。もし、迷ったら電話をかけてくるはずだ、と考えながら僕は掃除を続ける。

 僕は台拭きを濡らし、こたつの上と勉強机の上をきれいに拭いた。そして、掃除機をかけようとしたときだ。窓の外に自転車を止めようとする人影が見えた。

 春華がこちらを見ている。僕が気づいたのがわかると、右手を小さく振った。僕は窓から春華に聞こえるように大きな声で叫ぶ。

「あっちょっと待ってて、すぐ行く!」

 春華が小さく頷いたのを見て、窓を閉め、玄関の外の道まで走る。

 玄関を出るとすぐに春華が見えた。春華は私服姿だった。

 学校からわざわざ自分の家に帰り、着替えてきたのだろう。初めて見る春華の私服姿。普段、制服姿しか見たことがなかったため、新鮮だった。何でもないフリをしたが本当は心を奪われていた。

 僕は小走りで春華に近づく。

「迷わなかった?よく一人で来れたね」

 正直に言うと、私服姿について「かわいいね」と言いたかったが照れくさくて、言うことができなかった。

「迷った…。ここすごいわかりにくいね」

 春華は少しムスッとしていた。僕は春華の機嫌が悪そうなので焦った。

「だから言ったじゃん。わかりにくいし、どっかに迎えに行こうかって」

 僕は苦笑いを浮かべて春華の顔色をうかがった。

「嘘、嘘、すぐにわかったよ。私、方向音痴だけどちゃんと来れた」

 春華は僕の好きな笑顔で答える。どうやら、迷ったというのは冗談らしい。よかった、と素直に安心した。

「えらい、えらい」

 僕は笑顔で春華の頭をなでた。

「じゃ、どうぞ。汚いとこですが」

「うん」

 春華はどこか緊張しているように見える。
 
 僕は春華を連れてリボン館に入る。

「あれが食堂で、俺の部屋は二階。どうぞ」
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