たんぽぽ
 次の日、学校に行き、自分の席の右前方を見る。

 案の定、春華は来ていなかった。

 僕の友達も春華の友達も学校を休み続ける春華を心配し、僕に春華の様子を聞いてきた。僕は、ただの風邪だよ、昨日電話したら大丈夫そうだったよ、と嘘をつくことしかできなかった。

 1日経ち、少し冷静になった僕はきっと春華をひどく傷つけてしまったと、どうしようもない後悔の念に駆られた。と、同時にどうすることもできない自分の無力さと不甲斐無さに嫌気がさした。

 僕は誰にも相談することもできずに、ただただ辛かった。しかし、誰かに言えるわけもなかったし、これ以上春華を傷つけたくはなかった。
 
 次の日も、その次の日も春華は学校に来なかった。

 どうしてあのとき春華の家に行く勇気がでなかったのかと後悔に襲われるときがあったが、もう遅かった。

 家に行くことができないなら電話を、とも考えた。また怒られるかもしれないという恐怖が頭をよぎったが、春華に一言謝りたかったし、なにより春華と話したかった。

 夜の9時を回ったところだった。意を決して、今井家の電話番号を押す。1つのボタンを押す度に指が震えた。

 10個の番号を押した。

 トゥルルルという機械音が繰り返されているのを耳で確認した。僕は唾をごくりと飲み込んで相手の受話器があがるのを待った。

「ガチャリ」

『はい、今井です』

 あの日と同じ声。急に心臓が高鳴るのがわかった。

「夜分遅くすいません。高嶺と申しますが…、春華さんいらっしゃいますか?」

 しっかりと言ったつもりだったが声は震えていた。

 少し時間を置いて、電話の向こう側が反応する。

『春華にはつなげない。わかるだろ?』

 あの日の冷静な口調とは違った。威圧されている感じも特に感じられなかった。

「春華さんは元気にしていますか?」

『元気にしているよ』

「そうですか…。ありがとうございます…。失礼します…」

 電話を切った。
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