たんぽぽ
「…。そんなのいいよ…。絶対、今井、俺のこと嫌いだし、そんなの聞かなくてもいいから…」

 僕は少し考えてから言った。

 心では春華が僕のことを嫌いだろうと思っているが、それを改めて確かめたくはなかった。

 わかっていることだが、わかりたくなかった。

「そんなの聞いてみないとわかんないじゃん。しかも、卒業式に話しかけるなら、明日話しかけても一緒でしょ。どうせ話しかけるなら早いほうがいんじゃない?」

 竹本は淡々ともっともなことを言う。

 そんなことはわかっている。僕は傷つくのが怖いだけなのだ。勇気がないだけなのだ。

 しかし、僕はふと思う。きっかけは今、竹本が作ってくれると言っている。後は、僕が勇気を出すだけじゃないか。

 頭では十分にわかっているが、後一歩が踏み出せない。

「エッ…。でも…。…。いや…。やっぱいいよ…」

 僕は力なく答えた。

「…。そう…」

 竹本も悩む僕を見て少し神妙な顔つきになった。

「俺は、卒業式で写真が撮れればそれでいいんだ」

 僕は目一杯の作り笑いで答える。

「ふーん」

 竹本は意味深にそう答えると、時計を見て、もうこんな時間!、とあわてて塾に行った。

 僕は竹本が帰った後、しばらくの間、さっきの話について考えていた。

 やはり、竹本に頼めばよかったのだろうか?

 でも、もし本当に春華が僕のことを嫌っていることがわかれば、僕は卒業式に絶対話しかけることはできないだろう。それならば、何も知らずに卒業式に話しかけるのが一番いいのではないか?

 それとも、竹本が言った通り、卒業式に話しかけるなら、今話しかけても一緒なのか?話しかけるなら早いほうがいいということは僕にもわかっている。今から竹本にメールでも送り、頼んでみようか。

 でも…。

 同じことが、何度も何度も僕の頭の中でめぐる。自分の行動力のなさにはあきれるものがあった。

 結局、僕は竹本にメールも電話もすることはなかった。

 その日は、勉強も手につかなかったし、熟睡することもできなかった。
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