窓越しのエマ
歴史上もっとも重い罪を犯した人間は誰かと問われれば、僕は迷わず車の発明者と答えるだろう。

毒をまき散らしながら無節操に走り回るこの鉄の塊りが、一体どれだけの尊い命を奪ってきたことか。

安っぽいエコロジーを語るつもりなどないが、車なんて害虫みたいなものだ。こんなものは世界からなくなってしまえばいい。

現に、この辺りでも何度か事故は起きていた。


少年はただ歩道を歩いていただけだった。

小型のタンクローリーがガードレールを突き破り、少年をはね飛ばす。

少年は海側の低いフェンスを飛びこえて、四メートル下の藪に落下した。

奇跡的に一命を取り留めはしたものの、事故の後遺症は無慈悲に少年の未来を閉ざした。


その突き破られたガードレールが、僕のすぐ目の前にある。

部分的に補修され、そこだけが周りよりも少しだけ白い。

僕はできるだけ、走行する車から離れるように歩道の端を歩いた。

ダンプトラックが走り抜け、燃焼した軽油の匂いが鼻先をかすめると、僕は軽いめまいを覚えた。


国道は緩やかなカーブを描いて、海沿いをどこまでも伸びている。

車の熱とアスファルトの照り返しが相まって、蒸すような暑さだった。


エマが一人でぐんぐん先を行く。

過熱したアスファルトの上を平然と裸足で歩く彼女のあとを追いながら、僕は額の汗をシャツの袖でぬぐった。


車の流れが途切れたところで、エマは車道を突っ切って向かいの歩道に渡った。

僕はどうしても海から離れたくなかったのだが、エマを呼び止めようにもここからでは声が届きそうもない。

とりあえず追いつくしかないと、車の流れを見ながら横断するタイミングを計っているうちに、エマが脇道に入ってしまった。

エマは一体どこに行こうとしているんだろう。
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