言霊師
一言主は青年の姿をしてはいたが、黒い靄がその姿を包み、はっきりと見る事は出来ない。その靄の正体が怨みの言霊だと見抜いた慎は、呆れたように呟いた。


「あの女の為に、このような浅ましい姿になるとはな。恐れ入ったよ。」


「…許すまじ…賀茂の末裔…我を縛り続けた報いを受けるが良い!!!」


思いがけず口から発せられたのは、呪いの言葉。
それを表に吐き出した途端、愛しい人を守りたいという感情が身体の外へ弾き飛ばされてしまった。


「…愚かな。捕らえられた時の事を思い出したか?
最早、己の事しか頭にないようだな。」


一言主は、自分の怨みに負けたのだ。今の彼は、ムメの事もヒョウリの事も分からないだろう。

縛られ続けた年月はあまりにも永くて、苦しくて。

哀しくて。

それでも漸く見つけた、愛しい人を想う気持ち。
けれど、名を呼ぶ事すら叶わないそれは、単に暖かさや幸せをもたらすだけではなく、切なさや苦しみももたらした。


永遠に自らを切り刻み続ける呪縛への怨みを抑えるのは、彼にとって、もう辛過ぎたのだ。
< 183 / 235 >

この作品をシェア

pagetop